苦い文学

エコロジー

自然を観察すると、そこに見事な循環サイクルがあるのに気づかされる。

海の水は、太陽の熱によって蒸発し、空にのぼり、水の粒となって雲となる。そして、その粒は、雨となって地上に降りそそぐ。陸地を潤す雨は、川となり海に流れ込み、再び、空へと気化する。これは水のサイクルだ。

命のサイクルもある。

土から伸びた草木の葉を、虫たちが食べる。その虫たちを食べるのが小鳥や小動物だ。これらの生物は肉食の動物たちと猛禽類の餌となる。そして、これらの動物たちが死ぬとその死骸を虫やバクテリアが分解して土に還す。草木はこの栄養満点の土から育つのだ。

自然とはこうしたサイクルそのものだといっていい。

ここで、私のパンツを例にとらせてもらおう。私には現在パンツが2枚しかない。1枚のパンツを履いているときは、もう1枚のパンツは洗われている。夜になると、私はその日1日履いたパンツを洗濯カゴに放り込み、洗濯済みの乾いたパンツを履く。そして、次の日、そのパンツで1日を過ごす。もちろんその間、もう1枚のパンツはキレイに洗われている。そう、私のパンツもまた循環しているのだ。

ここでもし、2枚しかないパンツのうち1枚が、洗濯されなかったり、無くなったり、破れたりしたら、どうなるだろうか。とんでもない惨事が待ち受けていることだろう。

自然のサイクルもそうだ。環境破壊や地球温暖化によってひとたびこの循環が損なわれれば、同じように取り返しのつかない惨事が起きるのだ。

この自然、そしてその循環サイクルについて、もしあなたが真剣に考えたいのならば、その時には、ぜひ私のパンツのことも思い出してほしい。