苦い文学

クライシス・アクター

社会的経験を積み、それなりの教養もある人が、Facebookに写真をあげた。

それはアメリカかどこかのテロ事件の被害者が写った写真で、その被害者が「クライシス・アクター」だというのだ。

「クライシス・アクター」とは、テロ事件などがフェイクであることを示す証拠としてしばしば持ち出される。

事件の被害者は実際は俳優が演じているのであり、ある勢力がこの事件を仕組んで、われわれになんらかの影響をおよぼそうとしている、というのである。

もちろん、これは陰謀論者の謂であり、信ずるには当たらないが、ここから、陰謀論を信ずる人の心理を多少うかがうことができる。

多くの人が死ぬ事故や事件というのは、それに関わる人ばかりでなく、報道などから傍観する人にとっても、非常に強い心理的なストレスを与える。

陰謀論的思考というのは、こうしたストレスを回避するのに、有効な手段だ。というのも、そうした悲惨な出来事が仕組まれた嘘だとしたら、なにも心を痛める必要などないのだから。

われわれがドラマを見てハラハラするとき、これは役者が演じているにすぎない、本当に死ぬわけではないのだ、と自分に言い聞かせようとするのに似ている。

いっぱしの教養のある大人が、「クライシス・アクター」など奇怪なことを言い出すのは、まったく理解に苦しむが、そうした態度が、悲惨な世界に対する防衛機制に(部分的には)由来すると考えれば、それなりに納得もいくのである。

現実を直視するというのは大変なことで、しばしばわれわれはそうしないためなら、なんでもする、ということだろう。