苦い文学

失意のうちに

本を読んでいると「失意のうちに世を去る」とか「失意の晩年を過ごす」といった表現によく出会うかと思う。

「失敗した人生のまま死んだ」という意味であることはわかるが、具体的に失意の人生がどんなだか、詳しくはわからない。

おそらく、失意の人生とは誰の関心を集めるものではないからだろう。だからこそ、簡単に一行で済ませられてしまうのだ。

「失意のうちに世を去った」と。

失意の期間が何十年あろうと、その間にどんな事件が起ころうと、「失意のうちに世を去った」で決まりなのだ。

だが、失意のうちに世を去る人間がどんなことを考え、どんなことをして、その失意を生きているのか、興味を感じはしないだろうか?

もし、近くに「失意のうちに世を去りつつある」人がいたら、近くに行ってみて、失意の人の顔とはどんな顔なのか、見てみたくはないだろうか? 失意の人の失意ファッションや失意の食卓を彩る失意レシピ、つまり失意のライフスタイルを観察したくは?

もしあなたがこうした事柄に関心を持ったら、ぜひ私のことを思い出してほしい。お手頃な価格でその機会を提供いたします。