苦い文学

コロナ哀話

友人が遊びにきたので、行きつけの居酒屋に行った。

二人で飲んでいると、彼が離れた席を睨みつけた。

二人の中年の男女が酒に酔って醜態を晒していたのだ。二人だけでやるならまだしも、他のテーブルの客に声をかけたり、テーブルの間をご機嫌にふらついたりしていた。しかも、このご時世を嘲笑うかのように、マスクなしだったのだ。

「こういう連中がいるからいつまでたってもコロナが終わらないんだ!」といまいましげに呟く彼に私は答えた。

「その通り。それがまさしくあのご夫婦の目的なのだ」

「なに、知り合いなの?」

「知り合いではないが、二人はこの店の常連だ。そして、その事情も多少は知っている」

そして、私は友人にこんな話をしたのだった。

「二人の間には、一人息子がいるのだ。彼は中学一年の時にいじめにあって、不登校になってしまった。夫婦はひどく悩んだが、思わぬ方向で事態は好転した。二年生の終わりにコロナ禍がやってきて、学校はオンラインになったのだ。

「息子はこのオンラインが性に合ってたらしく、授業に参加するようになった。友人もできたようだった。彼は明るさを取り戻し、夫婦は大いに喜んだ。

「また、無事に高校に進学できたことも、うれしいことだった。高校では、基本は対面授業だが、事情を配慮してもらいオンラインでの出席を続けているそうだ。

「だが、ある日のこと、息子が悲しそうな顔をしているのに二人は気がついた。心配になって尋ねてみると、こんなことを言って泣くのだ。

『コロナが終わったら、オンラインも終わっちゃうんでしょ。そしたら、学校に行けるかな、また学校に行けなっちゃうかな、またみんなに取り残されちゃうかな』

「その晩、夫婦は話し合い、コロナを終わらせない活動を始めることにした。

「それで、あの夫婦は、毎晩、あちこちにマスクなしで出入りして騒ぎ立て、コロナを一粒でもいいから広めようとしているのだ。その親心や、哀れ、ではないか」

話が終わったとき、私は友人の目に涙が光っているのを見逃さなかった。

彼は、汚らしくはしゃぎ回る夫婦をちらりと見て、私に顔を向けた。まるで「この醜悪なバカ騒ぎの裏に、こんな哀しみが隠されていたなんて」と言いたげな顔つきだった。

私はうなずいてみせた。彼もうなずいた。そもそも情に厚い彼にはそれで十分だった。彼は立ち上がり、マスクを床に投げ捨てた。そして、したたかに酔ったかのような足取りで、夫婦に近づいていった。

私はそれからすぐに退散したので、このホラ話が彼にどんな災難(あるいは幸運)をもたらしたかは、神のみぞ知るだ。