苦い文学

惑珍問答(下)

兵六「それは、先生、この度、摂衆寺にやつてきた惑珍和尚といふお坊様のことでございませう」

先生「それがいつたいなんの関係があるのだ」と、丑松のはうに身を向け、その腕を掴む。「むむ、二の腕がひどく腫れてゐるやうだが」

兵六「ひどく厳しいお坊様でして、丑松めがうつかり近づいたところ、警策でぱしりとやられたのでございます」

先生「そんな番犬みたやうな坊主がいるものか。しかし、二回目がどうだとも言つてゐたやうだが」

兵六「は、滝行のことでございますな。惑珍和尚への粗相を恥じて、丑松が二度ばかり滝に打たれたと話しておりました」

先生「だが、丑松は熱があるやうではないか。副反応だとか言つてゐるのが聞こえたが」

兵六「それにてございます。無理に滝に打たれたせいか風邪を引いたやうで、これは福観音という観音様にお参りにいかねば、と話しておりました」

先生「では、これはどうだ。お前たちが、なんとか三度まで済ましたいもの、と言つているのをはつきり聞いたぞ」

兵六「丑松めの振る舞いがあまりに愚かであつたため、仏の顔も三度までと、戒めましてございます」

先生「むう、左様なれば、もう何もいふまい」

国柄先生、立ち上がり、部屋から去る。兵六・丑松、やれやれと顔を見合わせる。

丑松「いやもう、生きた心地もしないとはこのことだ。兵六のおかげで、なんとか先生に怒られずにすんだ」

兵六「ああ、ひどくがつかりした」

丑松「まつたく、ワクチンだけに」

兵六「こんな苦労は」

丑松「早えところ」

兵六「打ち止めに」

兩人「してもらいてえもんだなあ」

ひやうし 幕