苦い文学

寮の儀式のはじめ

何十年も前のことだ。とある都内の大学に進学した私は、入学手続きに行ったとき、寮生募集の看板を見つけた。

その大学の学生専用の寮だ。大学の近くにあるし、朝晩の食事つき。しかも寮費は安かった。私は家を出たかったので、さっそく寮に行って申し込みをした。すると大した手続きもなく、入寮が決まった。

寮はさびれ気味であったが、特に問題はなかった。3階建てで、私の部屋は2階だった。部屋には二段ベッドがあった。昔は二人で使っていたが、今は一人部屋になっていたのだ。

当時はバブル経済の余韻もあり、わざわざ窮屈な寮暮らしを選ぶ学生などほとんどいなかった。そのため、寮生は、4年生が3人、3年生が2人、2年生は0人。そして、新入生は私を含めて2人だという。

新しい生活の慌ただしい数日間が落ち着くと、私はこのもうひとりの新入生の姿を見たことがないのに気がついた。私より先に越してきていると聞いていたが、いつもいないのだった。

寮生たちは、毎朝決まった時間に食堂で朝食を取ることになっていた。大テーブルを囲んで顔を突き合わせて食べるのだ。だが、その時にもその新入生の席だけは空だった。ただ食事だけが置いてあった。私が4年生の寮長に聞くと、そのうち下に降りてくるのでは、と答えた。

新入生の部屋は3階にあった。昼の講義の後、私は挨拶をしようとその部屋に行ってみたが、誰もいなかった。夕食後に再び行ってみたが、灯りもついていない。扉を叩いても返事はなかった。

翌朝の朝食の時間、私は自分が食べ終わった後も食堂に残っていた。今日こそはこの新入生がやってくるのを見届けようと思ったのである。彼の食事だけが大テーブルの上に置いてあった。

私が椅子に座っていると、3年生の鼻の大きな先輩が話しかけてきた。週末に、新入生歓迎会をするというのだ。

「この寮の恒例行事だから、絶対参加だぞ」

そう言って彼は立ち去った。私は食卓に目を向けた。そこにあった食事は忽然と消え去っていた。