苦い文学

あの世に持っていけるもの

私たちはいずれ死ぬ。

どんな人でも死ぬ。

金持ちであろうと貧乏であろうと等しく死ぬ。

そして、どんなにお金を持っていようと、どんなに宝石を持っていようと、あの世には持っていくことはできない。

生まれた時に何ひとつ持たなかった私たちは、何ひとつ持たずに死んでいくのだ。

私も自分の死について考える年齢になった。ある年齢を過ぎると、死がいっそう身近になるものだ。

私には財産もない。お金もない。宝石などもない。ただ、本が山ほどある。今から読んだって100年かけても読みきれない量の本だ。貴重な本もある。もちろん、これだってあの世に持っていけないのだ。

あの本は持っていっていいけど、この本はダメ、文庫本はいいけど、ハードカバーはダメ、そんなものではないのだ。どの本もダメなのだ。そんなこと聞いてなかった、と嘆いてももう遅い。一生かけてこんなものをせっせと集めたとは、バカらしいではないか。

では、膨大な音楽はどうだ。私はたくさんの音楽を聴いてきた。かつてはレコード、そしてカセットで。CDの時代になってからは、私はとことん集めた。部屋中がCDだらけだった。

ところが、今はもうCDなど聞かない。私はすべてパソコンに読み込んでしまった。そして、CDは、読み込んだ後、すべて売り払った。

今は音楽データがあるだけだ。しかし、このデータとはなんだろうか。このデータとは……。

まるで肉体を捨て去った魂のようなものではないか。

あの世には、お金も宝石も本も持っていけない。だが、この音楽データだけはひょっとしてひょっとしたら……。

いや、それどころか、電子マネーだって……。