苦い文学

愛妻家

知人の同僚の、ある愛妻家の話だ。

彼の妻は病気で寝たきりだった。そのせいで彼には、人に言えない苦労もずいぶんあったに違いないが、愚痴のひとつもいわず、妻をいたわりつづけたという。

あるとき、彼が日焼けして職場に来た。聞けば、ふと妻に海を見せたくなり、病の妻とこどもを連れて遠出したのだという。「大変だったでしょう」と職場の者が感心して言うと「家族みんなで行けたのがうれしくて」と笑った。

やがて、その職場は大きなトラブルに見舞われた。そこで働く誰にとっても大変な時期が続いた。

そんななか、ある日、彼が無断で仕事を休んだ。携帯に電話しても通じない。翌日も彼は出てこなかった。

彼もまた、トラブルの対応で忙しくしていた職員のひとりだった。なので、精神的に参ってしまったのではないか、と誰もが心配になった。そこで、上司が家に電話をかけた。

妻が出た。

そして、寝たきり云々がすべて嘘であったことが明らかになった。

愛妻家の行方はといえば、実家にいた、寺にいた、などとさまざまな情報が流れた。だが、私の知人によれば、愛人の家にいたというのがもっとも確かということだ。