苦い文学, 難民, 入国管理局, 収容, 東京入国管理局

ハンコのある世界

2020年6月、私は品川の入国管理局に保証金の返還の手続きに行った。保証金とは、入管に収容されている人などの仮放免のために、入管に預けるお金で、保釈金みたいなものだ。

私が身元保証していた人が帰国したため、保証金の返還手続きを行う必要があったのだ。

コロナ対策のため、入管は入場制限を敷いており、入るのにもずいぶん待たされた。

保証金の手続きは4階の会計課で行う。私がその受付に行くと、30代ぐらいの男性が先にいた。

二人で待っていると、その男性が話しかけてきて「入管に入る前に保証金の手続きで来たというと、待たずに入れてくれる」と教えてくれた。また、車で来たので駐車場を見つけるのが大変だったと言った。

受付が開き、彼が呼ばれた。聞いていると、保証金受領証書に押された印鑑と、彼の持ってきた印鑑が違うのだという。職員はハンコを取って戻ってくることを勧めた。

「今日はこれから仕事があるので無理です」

彼はさらに食い下がったが、それはまったく無駄だった。やがて、彼は諦め、うなだれて立ち去っていった。

私は、彼が親切に助言してくれたことや、別の日に苦労してこの4階にまでやってこねばならないことを思うと気の毒になった。

ところで、私はといえば準備万端だった。

なぜなら、彼のような悲しい目に何度かあってきた私は、カバンの中に、家中のハンコ全部入れてきていたのだ。