「たとえば、何か用事があって出かけようとしていてさ」と私は友人に語った。
「持ち物を鞄に入れる。財布、メモ帳、ペン、イヤホン……。そこで気がつく。あれ、携帯はどこだっけって。机の上を見ると携帯が置いてある……それで、外に出るんだ。目的地に着く。で、カバンを開く。携帯電話がないんだよ」
友人は黙ってうなずいた。
「机の上にあるのを見ただけで、入れてなかったんだ。毎日だよ、こういうことが。まるで、ある物体を見ただけで、もうそれがカバンの中に入っている気になってしまうみたいだ。老化だね」
私は笑った。友人がもし私より年下だったり、年上だったりしたら、こんな話はしなかったろう。同い年の友人なら共感してくれると思っていたのだ。だが、彼の返答はまったく予想と裏切るものだった。
「いや、そんなんじゃない。俺はむしろ人間として進歩してる、と思ってる。思念がより純粋に、より強力になっているんだ。きっと近いうちに、物体を見るだけで、その物体をカバンの中に移動させることができるようになる。その予兆が今起きてるんだ。だから、違う、絶対にそんなんじゃない……」
自分の老化を認めたくないあまり、ファンタジーに逃げ込む。これもまた老化の一種であろう。