苦い文学

『朕だけの日本語』

日本にはさまざまな目的で学ぶ留学生がいるが、なかには「日本で帝王になりたい!」という夢を抱いて来日する若者もいる。

『朕だけの日本語』は、そんな留学生に特化した教科書だ。

日本語教科書の『みんなの日本語』が『みん日』と略されるのにならって、『朕日(ちんにち)』との愛称で親しまれている。

この『朕日』では、帝王が使うにふさわしい日本語を学ぶことができる。具体的には以下のような表現である。

「この世に朕より優れた者がいようか……」
「勝者が常に正しい!」
「権力のみに人間はひれ伏すのだっ」
「フハハハハ! 弱い者に生きる価値などない」
「学者のいうことなどバカげた理想論に過ぎぬ」
「すべてリベラルどもの陰謀だ!」

この教科書にはまた、2つの特色がある。ひとつは会話がまったく取り上げられていないことだ。そもそも帝王と会話することなどできるものだろうか? 「はい」だけがあればいいのである。

また、同様の理由から文法解説も存在しない。帝王が文法上の誤りを犯すことなど考えられるだろうか? 帝王が文法なのである。

なお、日本語教師への注意点を述べれば、この『朕日』を使用するさいには、細心の注意を払って教案を作り、授業運営を行う必要がある。というのも、命がいくつあっても足りないからである。もっとも、これは帝王の短気さを考えると相当に難しいことだ。

統計によれば、ひとりの帝王がこの教科書を終えるまでに、平均して36人の日本語教師の命が犠牲になっている(縛り首が6人、斬首が8人、八つ裂きが5人、毒殺が10人、行方不明4名、獄死、恩赦としての自決、不審な事故死が各1名)。

帝王には有益だが、庶民には剣呑なこの『朕日』であるが、「ジャパン維新パブリッシング」という大阪の出版社が刊行している。広報によれば、ロシア語版も準備中だとのことだ。