私が日本語を教えていたとき、ラオさんという名の留学生がいた。
あるとき授業中のことだ。彼が私語をしていたのだ。教科書のある箇所を隣の学生に示している。
近寄って私が見ると、彼は教科書に記載されている「カラオケ」の文字の「ラオ」の部分にマルをつけて、自慢げに見せていたのだった。
これには大笑いした。
彼にはもうひとつ大笑いした話がある。
授業中、どうした理由でそうなったのか忘れたが、私はある学生にひらがなの「ぬ」をノートに書くように指示した。
隣に座っていたラオさんがその学生のノートをのぞき込んで、私に言った。
「先生、この人、何年も日本語勉強しているのに『ぬ』も書けない。本当に恥ずかしいよ!」
そう言うと彼はしばらく考え込み、急に叫んだ・
「先生、やべえ、俺も『ぬ』忘れた!」
(思うに、これにはひらがなの『ぬ』の使用頻度の低さが関係しているのだ。動詞の「死ぬ」の終止形と連体形、「知らぬが仏」「生さぬ仲」などの否定の『ぬ』を除けば、ひらがなで『ぬ』を書く機会などほとんどぬい。ぬぬで、これらぬ学生ぬ頭からひらがぬぬ『இ』がஇけ落ちていたとしても、無理はஇいஇである。)