苦い文学

緊急停止

JR念浜線の傘上駅と青骨駅の間で、電車が停車した。緊急停止の連絡が入ったのだという。「信号が変わるまでしばらくお待ちください」とのアナウンスがあった。

木曜日の午後で、乗客はほとんどいなかった。私は4両目に座っていたのだが、誰もおらず、車両を独り占めする格好となった。

急ぎの用事があれば腹を立てたろうが、そうではなかった。電車に閉じこめられた私は窓から外を眺めたり、携帯をいじったりしていた。

車両の中でぼんやりしていたときのことだ。ドアの上の電光掲示板がピカピカとオレンジ色に点滅しているのが目に入ってきた。私が目を向けると点滅はさらに激しくなった。まるで掲示板が私の注意を引こうとしているかのようなのだった。

そして、通常ならば、次の駅や目的地、どちらのドアが開くのかなどを右から左に流しているその掲示板は、実に奇怪な言葉を私に伝えはじめたのだった。

以下はその忠実なる記録である。

【たすけて】

【たすけて    たすけて】

【私 は 人間     人間 です】

【電車に      されました】

【……】

【電車の   中で     私は】

【具合がわるくなりました     たおれました】

【次の駅で       電車が止まりました】

【駅員たちが】

【やってきました        だいじょうぶか】

【と聞きました】

【だいじょうぶです】

【私は      答えました】

【だいじょうぶではない          と駅員はいいました】

【だいじょうぶではない         なんどもいいました】

【駅員たちは     私を運びました】

【電車のそとに】

【駅のホームに】

【駅の地下へ】

【ずっと暗いところへ】

【ずっとずっと怖いところへ】

【私はそこで】

【眠りました                  眠りました】

【……】

【気がつくと】

【電車に           なっていました】

【たすけて        たすけて】

【わるい            駅員たちに】

【気をつけて】

【次は       あなた】

とそのとき、電車がぐらりと揺れた。

【次は            青骨駅】

電車は再び走りだし、青骨駅に八分遅れで到着した。