苦い文学

名誉ある町民

JR念浜線の黒鍬駅は、黒見町と鍬池町の間にある駅で、無人駅ではないが、一日平均乗車客数が500人前後の小さな駅だ。

駅舎も小さく、駅員の勤める場所と待合室があるきりだ。駅舎の正面にはベンチがあり、高校生がよくたむろしている。

そして、そこにどこからかホームレスの男が現れた。

日中はベンチの近くで隠れるようにじっとしていて、夜になるとベンチに横になって寝るのだった。

「ホームレスがやってきた」との噂はたちまち町中に広がった。人々はさっそく駅に押し寄せて遠巻きにした。そして「なんとあれが話に聞くホームレス」と驚くやら、「こんな田舎にはて」と顔を見合わせるやら。拝みだす者もでる始末だ。

やがて、群衆の中から、ひとりの恰幅のいい男が歩み出て、ホームレスに話しかけた。

「私は黒見町の町長です。町民一同の感激をお伝えしに来ました。なぜなら、あなたがここに来てくれたおかげで、町がいっそう都会に近づいたからです。ぜひ我が町の発展に貢献した人物として名誉町民となってほしい……」

と、そのとき待ったをかけたのが鍬池町の町長だ。この町長もホームレスを新たな町民として歓迎しようと勇んでやってきたのだった。

たちまち黒見町と鍬池町とで、ホームレスの奪い合いが始まった。

こんな騒動があってから十数年が経った。黒見町と鍬池町は合併して黒鍬町となり、かつてのホームレスはいま初代町長として忙しい日々を送っている。