この世では、善も視点を変えれば悪となり、悪もまた、視点を変えれば善と転ずる。何ごとも見方次第、相対的なものなのだ。私はあるできごとを通じてそのことを痛感したのだ……
緊急事態宣言が解かれ、夜の街に賑わいが戻ってきた。
しかし、我慢していた時間が長かったためだろうか、街に繰り出した人々の中には羽目を外して大騒ぎしたり、気が大きくなって理不尽なふるまいをする人も多く見られた。
私もまた友人とともに酒場にやってきたひとりであったが、このあられもないバカ騒ぎには辟易させられた。中でも、ひとりの酔漢は周囲の客という客に絡み、因縁をつけていた。私もこの男には不愉快な思いをさせられた。
男が別の客にちょっかいを出している間、私は店主に言った。
「申し訳ないが、もう我慢できません。勘定をお願いします。まったく、このろくでもないやつのせいでせっかくの飲み会が台無しだ」
「ろくでもないやつとおっしゃいますと?」 そう問い返す店主の様子がさらに癪に障った。
「ああ、ああいうやつが人間を苦しめるのだ。社会の癌だ」
「社会の癌ですと!」 店主の顔が驚きに変わり、足早に私の前から離れると、私が「社会の癌」と断言した例の男を連れてきた。
不思議なことに男の顔からは酔いが失せていた。まじめな人間らしい顔つきで彼は私を見ると、感謝を口にしながら、大粒の涙を流した。
「これはどういうことです」とうろたえる私に、店主はこう語ったのであった。
「彼はかつての従業員であり、悪性の腫瘍に冒されて余命わずかなのです。いかなる治療法も尽き、もはや死を待つばかりとなったところ、ある偉いお医者さまから言われたのが、世で乱暴狼藉を働き、社会の癌と言われるほどになれば、その悪性の腫瘍も良性に転ずること疑いなしということでして……」