苦い文学

質問のし方

私は犬を飼っていて、毎日のように散歩に出かける。普段は夜だが、最近は冷えてきたので、陽のあるうちに出かける。

散歩するのは市役所の周辺だ。歩道が広くて車もないので安心なのだ。

あるとき、散歩の最中に、私はうっかりリードを放してしまった。慌ててリードを拾おうとすると、犬は私の動きに驚いたか、一目散に逃げ出した。私は追いかけたが、追えば追うほど犬は一心に逃げるのだった。

そのうち、犬はある大きな建物の中に駆け込んでいった。私はぜいぜいいいながら建物の前に着くと、扉が開いている。中に入ると、カウンターがあり、年配の女性が立っている。

「いまここに犬が入ってきたと思うのですが」

「いいえ、そんなことはないです」

「しかし、見たのですが」

「いいえ、いません」

しばらく押し問答をしたが、「いない、ない、なかった」の一点張りなのだった。

私は建物の外に出た。途方に暮れていると、友人が通りがかった。彼は事情を聞くと、私の肘をつかんで中に入っていった。

あいかわらず受付の女性が立っていた。友人はこう尋ねた。

「中に入る許可の必要はありますか?」

「いいえ、ないです」

彼はそれを聞くとずかずかと受付の先に入っていき、しばらくすると犬を抱えて出てきた。

犬を抱きしめながら私が感謝を述べると彼は言った。

「いや、なにほどのことでもないよ。大事なのは、人にものを尋ねるときは、相手に合わせるってことさ。特にここのような『ない、なかった』と言うのが仕事のような場所ではね」

と彼は建物の看板を私に示した。

そこには『教育委員会』と書かれていた。