アブデルアズィーズ・アルアルウィーというチュニジア人のジャーナリスト・作家がいる。彼は1930年代のチュニジアの近代文学運動(タハト・スール)グループのメンバーの1人であり、チュニジア独立後は、チュニジアのラジオのパーソナリティとして活躍した。特に、1950年代から60年代にかけてラジオ番組でチュニス方言で語った物語群は有名で、これらは彼が自ら聞いたり集めたりしたチュニジアの伝統的な物語からなる。彼の死後、これらの物語を採録した4巻本が出版されたほか、テレビドラマ化されたりし、また現在でもYoutubeなどでそのラジオ音源を聴くことができる。
これらの物語がどのようなものかというと、子ども向けのおとぎ話もあるにはあるが、その多くが、大人向けの寓話や人情話、笑い話、宗教説話、謎解き物語、歴史物、現代物などで占められている。チュニジアの人々の暮らしや考えを知るためには格好の資料だが、なによりも読んでいてとにかく面白い。
チュニジアには、かつてはフダーウィーという伝統的な語り部がいた。フダーウィーは、市の立つ日やお祭りの日、あるいはカフェで様々な物語を語るのをなりわいとしていた。現代人であるアルアルウィーは、職業的なフダーウィーではなかったが、彼の活動はこうした伝統に根ざしたものだ。
チュニジアの伝統的な物語の出版は、アラビア語よりもむしろ、フランス語で多くなされており、その中にもいくつかフダーウィーに関する記述を見出すことができる。フダーウィーは、ラジオやテレビの普及により、姿を消していったとも書かれている。
私はこのフダーウィーというものに会ってみたくなった。姿を消したというが、遠い田舎でひっそり語り続けているかもしれない。そこで、調査に協力してくれるチュニジア人に、今もフダーウィーがいるかどうか聞いてみた。その答えはといえば、
「いないね。アルアルウィーがフダーウィーを殺したのさ」
しかし、この「Video killed the radio star」ばりの言葉だって本当かどうか知れたものではない。私はさらにインターネットでいろいろ調べてみた。すると、チュニスから150キロほど離れたスーサという町で、毎年フダーウィーのフェスティバルが行われているというではないか。(つづく)
