苦い文学, 言語

危険地帯

言語学を学んでいる人なら誰でもそうだろうが、時おり、見知らぬ人から相談を受ける。先日もこのようなメールを受け取ったのだ。

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突然のお便り失礼いたします。

この度は私の陥りました苦境から救っていただきたく、メールを差し上げた次第です。

苦境と申しますも、旧来の友人より、茨城旅行に誘われたことが発端でございます。

私は東京で開明的な教育を受けたものにてございまして、地方を差別する気持ちなど毛頭ないのですが、茨城に関してある事実を知って以来、行くべきか行かざるべきか、悩んでいるのです。

誘いを受けた後、茨城とはどんなところか、どんな危険があるのか、寄生虫対策はいかにと、ネットを検索して情報収集に努めました。納豆、あんこう、水戸黄門、ダチョウ……。聞き覚えある言葉にすっかり安堵したのですが、そのとき恐るべき文字が飛び込んできたのでございます。

無アクセント地帯

ああ! アクセントなしで、かの地の人々はどのようにコミュニケーションを取るのでありましょうか。否、それよりも気になるのは、私のようなアクセントがある人間が、かの地に赴いた場合のことです。アクセント欠乏症にかかるおそれ大ではありませんか。

はたしてマラリアに対するキニーネのごとき予防薬はあるのでしょうか。あるいはアクセントの欠乏に備えて、予備のアクセントを携帯したほうがいいのでしょうか。いや、ひょっとしたら、アクセントが高密度で詰まったボンベを背負って常にアクセントを補給したほうがいいのでは?

茨城旅行を前に懊悩呻吟する私にどうか良き助言をください。

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私はすぐに返信して、無アクセントというのは茨城や栃木などの方言に見られるアクセントの特徴のことに過ぎず、何の心配もないので、茨城旅行を楽しんできてほしい、と伝えたのであった。

ただ、私はうっかりしたことに、「無アクセント」は別名「崩壊アクセント」とも呼ばれていると書いてしまった。また彼に余計な心配をさせなければよいのだが……。