我が国の自殺死亡率が上昇しているそうだ。これは自殺に成功した人の数にもとづくものだから、失敗した人は含まれない。
そして、成功者よりも失敗者のほうが多いのが世の常であるから、成否を問わず実際に自殺を企てた自殺関係者はかなりの数にのぼることになろう。
つまり自殺は決して特別な出来事ではないのだ。なので、ここで私が先日、自殺しようとしている人を見かけ、その命を救ったと言っても、信じてもらえるかと思う。
その人は、橋の欄干に立ち今にも飛び込もうとしていたのだった。私は持ち前のジャンプ力で、彼に飛びつき、こちら側、つまり生者の側に引き戻した。ひとしきりもがき、暴れた後、彼は子どものように地べたに座り、涙ながらに言うのだった。
「お願いです……死なせてください……私にはもうこの世では必要とされない人間なのです……」
私はこれを聞くや、彼の頬を平手打ちした。
「莫迦いうな!」
彼は青ざめた顔で私を見つめた。私は怒りに震えながら怒鳴りつけた。
「この世で不要なものがあの世で必要とされるわけがないっ! 言っとくが、あの世はごみ捨て場じゃないんだ。もっとあの世を大切にしろ! この世で役に立たないやつは、そう、あの世でも、どの世でも、どの世界でも、どの次元でも、役に立たないのだ!」
「てことは、どのユニバースでもってことですか」と震える声で彼。
「そうだ、多元宇宙全部! お前の不要さはもはや時空を超えた!」
「亜空間すら……?!」 彼の頬に血の気が差し、表情が輝きだした。「ひょっとして、ハイパースペースも……?」
話のスケールのでかさに、なんだか元気づいたようなのであった。(ハードSF小説完)