駅前にパチンコ屋があって、開店前、朝早くから行列ができる。いつの頃からか、ひとりの男が、列に並ぶ人一人一人に丁寧にお辞儀をしている姿が見かけられるようになった。彼は「ありがとうございます」と感謝の念を告げているのだった。
身なりからは店員のようにも見えず、かといって経営者らしくもなかった。どうしてそんなことをしているのかは分からなかったが、彼を見ていると法華経に出てくる常不軽菩薩が思い出された。
あるとき中央公園に散歩に行ったら、ベンチにその彼が一人座っていた。好奇心を抑えられなくなった私は、彼に話しかけた。そして、いくつか当たり障りのない話題を経てから、彼の件の行動の理由を尋ねた。
「ああ、見てらっしゃったんですね」と彼は静かに答えた。「開店前に並ぶ方々一人一人に私がどうして感謝を伝えているかというと、ああいう方々を見ていると、ただ金を浪費するために朝早くから並ぶほど自分は愚かではない、ということが分かって安心するからです。まったく、ありがとうと言わずにはいられませんよ」
私はこれを聞くと「ありがとうございます」と深々と頭を下げ、散歩に戻った。