私は今年の三月末にそれまで4年いた職場を離れた。そのいきさつになにひとつ恥ずべきことはないが、今ここで語ることではない。
いとも簡単に人を切って捨てることのできる職場で、人々は内心に脅えを抱えて働いていた。私の事情を知る人は多くはなかったが、薄々感づいている人は私に近づかなかった。
私はひと月かけて、退去する準備をした。「盗撮事件を起こして懲戒解雇になる人間でも、私よりもっとニコニコしているにちがいない」と私は思った。
退去する日に、二人の同僚が食事に誘ってくれた。そのうちの一人が、とっておきの店だといって、パキスタン料理店に連れていってくれた。どうせカレーの一種でしょ、と思っていた私は、その予想を裏切るカレーに感動した。
また、私にあたたかく声をかけてくれた二人にも私は感動した。もしかしたら、今日の食事会は、出ていく私のためというよりも、残される自分たちのためだったかもしれない。だがかえってそれが、この(元)同僚たちが人間らしい立派な心の持ち主であることを証明しているように思えた。
店を出て、二人と分かれた私は、夜道を歩きながらつぶやいた。
「盗撮魔にはこんな友人はいないだろう」
だが、しばらくして思い直した。
「いや、盗撮写真を交換するお仲間がいるかもしれないな……」