紙袋とゴミ袋を抱えて出てきたKさんは、私が持ってきたスーツケースと鞄に詰め込み始めた。私も神聖なる記録作業が終わると、ようやく彼と2年ぶりの再会を喜ぶ気になった。これから東京にどうやって帰るかなど話していると、待合室のベンチに座っていた年配の男性に話しかけられた。
長崎には、特に教会の関係者を中心に、大村入管の被収容者を支援している人々がいる。話しかけてくれた人もその1人で、ちょうど面会の呼び出しを待っているところだった。Kさんが荷造りをしている間、私はいろいろ教えてもらった。グループで面会活動していて、現在把握できる限りの被収容者の情報(国、収容時期、面会記録)が、ノートに几帳面に記されていた。今日、仮放免されたKさんの欄もあった(もっとも、Kさんのことは知らなかった。というのも、1人で全員に面会することはできないから。担当があるのだ)。
彼によれば、入管は、現場の職員よりもその上の人々が強硬なので、入管収容の問題、とくに長期収容を変えるのはなかなか難しいのだという。そして、長崎の人々が大村入管を変えるためにどんなことをしているかも話してくれた。
その人の話を聞いているうちに、私はある眩さに捕らわれ、神秘的な声が耳に飛び込んできた。
「そうだ、入管の収容は必ずなくせる。そのためにお前ができることを精一杯するのだ!」
啓示だ! 私が書き写していた入管の掲示が啓示へと!
職員が呼びに来た。その人は面会に行ってしまう。私はKさんと二人きりになった。彼はとても元気そうで、自分のiPadがあったら写真を撮るのにと残念がっている。職員が通りがかると、親しげに挨拶して別れを惜しむ。荷物の整理が終わり、立ち上がったKさんが尋ねる。
「コロナ、けっこう大変なんでしょ。中で見たよ」
「うん、長崎は大丈夫なんだけどね、いま、東京は大変だよ」
もしかしたらそのまま収容されてた方が安全だったかも……などと思ってるようでは先ほどの啓示も怪しいものだ。
